ご報告
2007-12-03-Mon-22:47
ふと気がつけば12月になっていました。
早いですね。
先日11月28日に父が永眠いたしました。
2年前に倒れ、そのとき「残念です」といわれながら、2年と一ヶ月頑張ってくれました。
本人はしんどいだけでしたので、本当に家族のためだけに頑張ってくれたのだろうと思います。
病院の婦長さん曰く、2年の間に7回の山を越えて頑張ってくれたそうです。
ですので、家族としては「もう少し、まだもう少し」と思っていたところなのですが、もう開放してあげなければな、と感謝の気持ちをこめて送ろうと思います。
このブロクでも父の話題に際し、数々の暖かいお言葉を頂き、言葉を通じて人から頂ける暖かさというものを実感いたしました。
父はもういませんが、このブロクで頂いた数々のお言葉は私の中にあり続けると思います。
本当にありがとうございました。
早いですね。
先日11月28日に父が永眠いたしました。
2年前に倒れ、そのとき「残念です」といわれながら、2年と一ヶ月頑張ってくれました。
本人はしんどいだけでしたので、本当に家族のためだけに頑張ってくれたのだろうと思います。
病院の婦長さん曰く、2年の間に7回の山を越えて頑張ってくれたそうです。
ですので、家族としては「もう少し、まだもう少し」と思っていたところなのですが、もう開放してあげなければな、と感謝の気持ちをこめて送ろうと思います。
このブロクでも父の話題に際し、数々の暖かいお言葉を頂き、言葉を通じて人から頂ける暖かさというものを実感いたしました。
父はもういませんが、このブロクで頂いた数々のお言葉は私の中にあり続けると思います。
本当にありがとうございました。
季節はずれかいだん
2007-10-14-Sun-21:54
先日Oさんが、会社に行ったとたん恐ろしいお話を聞かせてくださいました。
84になるお義母さんが病院に入院中なのですが。
その病院の移転が急に決まり、その移転先の病院には「長期療養病棟がない」ので、10月末までに、受け入れ先の病院を探してほしいと言われたそうです。
結果から言えば、「そういう人を優先的に受け入れてます」ということでOさんのお義母さんは比較的早く代わりの老健がみつかりました。
しかし「長期療養病棟がない」というのは本当に恐ろしい話です。
このお義母さんは幸い老健に入れるレベルの症状でしたが、中には病院でしかダメな方とかいらっしゃったんでしょうが、そういう方も無事見つかったんでしょうか‥。
父が倒れてからわかったのですが、要介護5とか、障害一級とかの人の症状というのは周りに居なければ本当にわからないものです。
私と母が毎日病院に行くのも「そこまでしなくてもいい」とこちらの体調を気遣って言ってくださる方がいるのですが、やはり「自分で寝返りすらうてない、ナースコールも押せない」人を実際目の前にすると行かなければ、と思います。
事実、病院に行って痰をひいたり、身体の向きを変えたり、そこまでしなくても足や身体の角度をちょっと変えたりしていましたら、すぐに時間は過ぎて行きます。
昔何かで読んだだけでうろ覚えですが、人間の脳がやっていることを機械化すると大きな工場くらいの建物がいるそうです。
昔に読んだことなので今だったらもっと小さい建物でもOKなのかもしれませんが、それだけの働きをしている脳が半分死んでしまったら、やはり病院のスタッフの方が交代で血圧や体温や呼吸、酸素量etcを定期的に気をつけて見て、悪くなればすぐ対処していただき、そして汗が出たり、よだれ・痰があふれたりしたときすぐに拭いたり、同じ姿勢でいる苦痛は家族が出来るだけフォローする。
それでも万全とはいえませんが、そこは病人本人に頑張ってもらう。
実際を知らなければ「病院に行く」=「病人の顔を見に行く」くらいにしか想像できないのは仕方ないことで、私も父が倒れなければ周りに元気な人ばっかりだったので(なんしか祖母84歳が元気なんだ!)長期療養病棟の数なんて意識することなんてなかったでしょう。
けど、これからの医療だと、どんどん長期療養が必要な人が増える一方だろうと思いますが、実際の病棟は減る一方。
コワい話です。
何が怖いって、そういう病棟を減らしたりということを決める人は、現状をほとんどわかってないだろう人たちだろうということです。
そして、転院先や受け入れ先は、実はお金さえ出せばすぐ見つかるのですが、この色々と決める人たちはお金も持ってて、更に現状をわかる機会が減ってる気がします‥。
ケチで言ってるわけでなく月20万〜30万がどうしても出せない人って多いんですよ、エラい人!
うちは、主治医が代わったもののなんとか転院の話はでていません。
というのも、ちょっと良くなったかと思ったらすぐ数値が悪くなって、転院の話が出るほど安定をしていないからです。
転院の話が出るということは、それだけ容態が安定しているということで、でもそんな中でも容態の波はある。
容態の波が下がると家族は心配しますが、その上、それが落ちついたとたん今度は居場所の心配を始めなくてはならないというのは、とても疲れるものです。
今の日本の医療は医師不足のことなども言われてますが、「あそこの病院のこの課が閉鎖」とか、「ここの何課が閉鎖」とか「夜診が中止」とか実際に目にしますし、聞きますし、立て続け過ぎて本当に恐ろしいです。
これはもう個人の善意や意識のレベルではなく、全体的にシステムから変えなければいけないと思うのですが、どんどん空恐ろしい情報ばっかり入ってきて、へたな怪談より怖いなぁと思うばかりです。
84になるお義母さんが病院に入院中なのですが。
その病院の移転が急に決まり、その移転先の病院には「長期療養病棟がない」ので、10月末までに、受け入れ先の病院を探してほしいと言われたそうです。
結果から言えば、「そういう人を優先的に受け入れてます」ということでOさんのお義母さんは比較的早く代わりの老健がみつかりました。
しかし「長期療養病棟がない」というのは本当に恐ろしい話です。
このお義母さんは幸い老健に入れるレベルの症状でしたが、中には病院でしかダメな方とかいらっしゃったんでしょうが、そういう方も無事見つかったんでしょうか‥。
父が倒れてからわかったのですが、要介護5とか、障害一級とかの人の症状というのは周りに居なければ本当にわからないものです。
私と母が毎日病院に行くのも「そこまでしなくてもいい」とこちらの体調を気遣って言ってくださる方がいるのですが、やはり「自分で寝返りすらうてない、ナースコールも押せない」人を実際目の前にすると行かなければ、と思います。
事実、病院に行って痰をひいたり、身体の向きを変えたり、そこまでしなくても足や身体の角度をちょっと変えたりしていましたら、すぐに時間は過ぎて行きます。
昔何かで読んだだけでうろ覚えですが、人間の脳がやっていることを機械化すると大きな工場くらいの建物がいるそうです。
昔に読んだことなので今だったらもっと小さい建物でもOKなのかもしれませんが、それだけの働きをしている脳が半分死んでしまったら、やはり病院のスタッフの方が交代で血圧や体温や呼吸、酸素量etcを定期的に気をつけて見て、悪くなればすぐ対処していただき、そして汗が出たり、よだれ・痰があふれたりしたときすぐに拭いたり、同じ姿勢でいる苦痛は家族が出来るだけフォローする。
それでも万全とはいえませんが、そこは病人本人に頑張ってもらう。
実際を知らなければ「病院に行く」=「病人の顔を見に行く」くらいにしか想像できないのは仕方ないことで、私も父が倒れなければ周りに元気な人ばっかりだったので(なんしか祖母84歳が元気なんだ!)長期療養病棟の数なんて意識することなんてなかったでしょう。
けど、これからの医療だと、どんどん長期療養が必要な人が増える一方だろうと思いますが、実際の病棟は減る一方。
コワい話です。
何が怖いって、そういう病棟を減らしたりということを決める人は、現状をほとんどわかってないだろう人たちだろうということです。
そして、転院先や受け入れ先は、実はお金さえ出せばすぐ見つかるのですが、この色々と決める人たちはお金も持ってて、更に現状をわかる機会が減ってる気がします‥。
ケチで言ってるわけでなく月20万〜30万がどうしても出せない人って多いんですよ、エラい人!
うちは、主治医が代わったもののなんとか転院の話はでていません。
というのも、ちょっと良くなったかと思ったらすぐ数値が悪くなって、転院の話が出るほど安定をしていないからです。
転院の話が出るということは、それだけ容態が安定しているということで、でもそんな中でも容態の波はある。
容態の波が下がると家族は心配しますが、その上、それが落ちついたとたん今度は居場所の心配を始めなくてはならないというのは、とても疲れるものです。
今の日本の医療は医師不足のことなども言われてますが、「あそこの病院のこの課が閉鎖」とか、「ここの何課が閉鎖」とか「夜診が中止」とか実際に目にしますし、聞きますし、立て続け過ぎて本当に恐ろしいです。
これはもう個人の善意や意識のレベルではなく、全体的にシステムから変えなければいけないと思うのですが、どんどん空恐ろしい情報ばっかり入ってきて、へたな怪談より怖いなぁと思うばかりです。
おやすみします。
2007-07-29-Sun-22:06
「さすが不死身のおとーちゃんやね」
と、以前紹介した看護士Hさんは言った‥。
ちょっとご無沙汰してしまいました。
最初の方は私がまた神経痛を起こして、へばっていたからなのですが、ここ数日は父の容態が変化したためです。
上記↑のセリフの通り、また一山なんとか超えてくれたのですが、今回はまだまだ安心できません。
「起こしても起きないのが昏睡で、起こして起きるのが寝てるんです」
というのは、この7月に自分の大学病院に戻ってしまった主治医(出向だったらしい‥)の迷言言葉です。
以前、母が「寝てるか昏睡してるかわからない」と言ったことへの返事だったのですが、今回「父、昏睡」の知らせに病院に駆けつけ、夜通しついていたのですが。
真夜中、ふと見ると、目が合う。
‥‥‥‥‥‥起きてる、よ?
翌朝、先日せっかく取れた点滴の管を、深く入れる作業をしたのですが、うーうー文句言う声が病室の外まで聞こえてる、よ?
‥‥‥‥‥‥え、っと。
数値とかは悪いので、これからちょっとどうなるかわかりません。
なので、ブログはちょっとキッパリお休みいたします。
まぁ、最近はこんなことを言わなくても、お休み状態だったのですが、ネットを立ち上げないので、遊びに行かせて頂いてたブログさんのほうもご無沙汰すると思います。
落ち着いたら、またブログ遊びを再開したいと思いますので、そのときはまたよろしくお願いいたします。
と、以前紹介した看護士Hさんは言った‥。
ちょっとご無沙汰してしまいました。
最初の方は私がまた神経痛を起こして、へばっていたからなのですが、ここ数日は父の容態が変化したためです。
上記↑のセリフの通り、また一山なんとか超えてくれたのですが、今回はまだまだ安心できません。
「起こしても起きないのが昏睡で、起こして起きるのが寝てるんです」
というのは、この7月に自分の大学病院に戻ってしまった主治医(出向だったらしい‥)の
以前、母が「寝てるか昏睡してるかわからない」と言ったことへの返事だったのですが、今回「父、昏睡」の知らせに病院に駆けつけ、夜通しついていたのですが。
真夜中、ふと見ると、目が合う。
‥‥‥‥‥‥起きてる、よ?
翌朝、先日せっかく取れた点滴の管を、深く入れる作業をしたのですが、うーうー文句言う声が病室の外まで聞こえてる、よ?
‥‥‥‥‥‥え、っと。
数値とかは悪いので、これからちょっとどうなるかわかりません。
なので、ブログはちょっとキッパリお休みいたします。
まぁ、最近はこんなことを言わなくても、お休み状態だったのですが、ネットを立ち上げないので、遊びに行かせて頂いてたブログさんのほうもご無沙汰すると思います。
落ち着いたら、またブログ遊びを再開したいと思いますので、そのときはまたよろしくお願いいたします。
Hさんととーちゃん
2007-07-16-Mon-22:03
父が倒れてから、幸いにも病院は変わらず居られてますが、階が変わったり、看護士さんたちの移動があったりして、お世話になっている看護士さんや介護士さんの顔ぶれは、最初からだいぶん変わってしまいました。
そんな中、最近父が倒れた一番最初にお世話になっていた看護士のHさんが、父の今いる階に配属されてきました。
彼女は父が倒れて病院に運ばれた第一期「もう駄目」の時期に(笑 何回もある^^;)、ICUの担当だった方で、そのあと持ち直してしゃべりだした父の過程をダイレクトに知ってる方です。
あのときは「残念です」というとこまでいったのですが、そこを持ち直して、更にしゃべり出したので、その当時のスタッフさんたちに非常に驚かれたものでした。
なので、その当時のスタッフさんは結構父に容態を聞く以外に、世間話的なことも話しかけてくださり、返事が返ろうものなら「おおー」という感じで、私が行ったら「今日こんなこと言いましたよー」と教えてくださる方が多かったのですが、今の階に移ってからはそういうこともなくなっていたのです。
Hさんは私より5〜10才くらい下のちょっとチャキチャキ系のお嬢さんなんですが、その中でも父の言葉を面白がってくれてる人で、機会があるごとに話しかけてくれてる一人でした。
父は人見知りなので(私はそこんとこそっくりだ!)、Hさんには余り答えを返さないのですが、たまに答えが返ったりするのが面白いらしく「ぼん太とーちゃん、今日私夜勤やねん。可哀想やろー」とか気軽に話しかけてくれます。
ある日の会話例
Hさん「ぼん太父さん〜、私誰かわかる〜?」
父「‥‥」(無言)
Hさん「奥さんか〜?」
父「ちゃう!」(訳:違う)
Hさん「速攻やね‥」
とこんな感じで、「お加減どうですか〜」以外で話かけてくれる貴重な方です。
さて、今父は感染力のある菌が見つかったため特別室にいるのですが、一回回復傾向が見え始めると、めきめき元気になって、栄養も点滴でなく胃ろうでお腹に直接入れられるまでになりました。
こっちの方が、カロリーが高いので体力がつくんですよ〜 ^^
そんなある日、Hさんと廊下でばったり会い立ち話をしたとき、Hさんが「けど、残念やね〜」と言い出して、「え、前から考えたら今って、夢のようですやん」と言ったら、「いや、せっかく元気になってきたから、また車椅子に乗るとか挑戦したいのに、今あの部屋から一歩も出られへんからね」とのこと。
‥‥‥あ、車椅子に乗せてあげたいと一年前は思ってましたが、今は目を開けてしゃべってくれるだけで嬉しがってました。
目からウロコでした〜


「諦めたらいかん、弱気になったらいかん」と言い聞かせてましたが、やはり気持ち後ろ向きになってたようです。
私がどう思おうと、関係ないようなものなのですが、やはり「目指せ 車椅子」をもう一度思い出して(笑 昨年七夕に母が短冊に書いた言葉です)父にも頑張ってもらいましょう。
そして、Hさんは「またとーちゃんとこ、後で遊びに行っとくわね〜」と言いつつお仕事に戻っていかれました。
いつもありがとうございますです m(__)m
そんな中、最近父が倒れた一番最初にお世話になっていた看護士のHさんが、父の今いる階に配属されてきました。
彼女は父が倒れて病院に運ばれた第一期「もう駄目」の時期に(笑 何回もある^^;)、ICUの担当だった方で、そのあと持ち直してしゃべりだした父の過程をダイレクトに知ってる方です。
あのときは「残念です」というとこまでいったのですが、そこを持ち直して、更にしゃべり出したので、その当時のスタッフさんたちに非常に驚かれたものでした。
なので、その当時のスタッフさんは結構父に容態を聞く以外に、世間話的なことも話しかけてくださり、返事が返ろうものなら「おおー」という感じで、私が行ったら「今日こんなこと言いましたよー」と教えてくださる方が多かったのですが、今の階に移ってからはそういうこともなくなっていたのです。
Hさんは私より5〜10才くらい下のちょっとチャキチャキ系のお嬢さんなんですが、その中でも父の言葉を面白がってくれてる人で、機会があるごとに話しかけてくれてる一人でした。
父は人見知りなので(私はそこんとこそっくりだ!)、Hさんには余り答えを返さないのですが、たまに答えが返ったりするのが面白いらしく「ぼん太とーちゃん、今日私夜勤やねん。可哀想やろー」とか気軽に話しかけてくれます。
ある日の会話例
Hさん「ぼん太父さん〜、私誰かわかる〜?」
父「‥‥」(無言)
Hさん「奥さんか〜?」
父「ちゃう!」(訳:違う)
Hさん「速攻やね‥」
とこんな感じで、「お加減どうですか〜」以外で話かけてくれる貴重な方です。
さて、今父は感染力のある菌が見つかったため特別室にいるのですが、一回回復傾向が見え始めると、めきめき元気になって、栄養も点滴でなく胃ろうでお腹に直接入れられるまでになりました。
こっちの方が、カロリーが高いので体力がつくんですよ〜 ^^
そんなある日、Hさんと廊下でばったり会い立ち話をしたとき、Hさんが「けど、残念やね〜」と言い出して、「え、前から考えたら今って、夢のようですやん」と言ったら、「いや、せっかく元気になってきたから、また車椅子に乗るとか挑戦したいのに、今あの部屋から一歩も出られへんからね」とのこと。
‥‥‥あ、車椅子に乗せてあげたいと一年前は思ってましたが、今は目を開けてしゃべってくれるだけで嬉しがってました。
目からウロコでした〜



「諦めたらいかん、弱気になったらいかん」と言い聞かせてましたが、やはり気持ち後ろ向きになってたようです。
私がどう思おうと、関係ないようなものなのですが、やはり「目指せ 車椅子」をもう一度思い出して(笑 昨年七夕に母が短冊に書いた言葉です)父にも頑張ってもらいましょう。
そして、Hさんは「またとーちゃんとこ、後で遊びに行っとくわね〜」と言いつつお仕事に戻っていかれました。
いつもありがとうございますです m(__)m
星に願いを
2007-07-07-Sat-21:34
今年の七夕さまは無事晴れで終りそうです。
七夕さまといえば、短冊にお願いですが、最近祈るように願っていたことがかなったばかりなのです。
一つはもう一度、父の「あほかー」が聞きたい。
もう一つは、父にもう一度テレビをみせてあげたい。
3月にICUに入って、抗生物質が効いて熱が下がっても、その抗生物質を使ってもいい期間が終るとすぐ熱が上がる。
血液検査をしても、数値は全くよくならない。
主治医には、「もう身体の方が、限界なのかもしれません」と言われ、本当に母と二人で何度目かわからない覚悟を決めたのですが‥。
先日から熱が下がり始め、なにより目を開けて話し出し、がうがう怒るようになりました(喜)
今まで、薬で熱を下げるため熱が下がったことはあったのですが、「いかにも薬が効いているだけ」という感じだったのが、やっと、やっと一安心できるところまでやってきましたよ!
テレビも何ヶ月ぶりかにみせてあげられるようになりました!
とは言っても、「テレビを見せてあげたい」と祈っていたときはICUを出て普通病棟に戻りたいという意味で祈っていたのですが、それがちょっと事情が違います。(ICUはテレビのアンテナがないのです‥)
熱が下がって、血液検査の数値が良い方向に変化したついでに、感染力の強くその上有効な薬がない菌が発見されてしまいました。
本人はその菌の影響は受けてないようで、非常に容態はいいのですが、病室隔離でございます。
病院の端にある特別室へ‥ ^^;
以前インフルエンザにかかったときも、バス・トイレ・テレビ付きのヘタなホテルよりいい部屋に隔離されたことがありますが、今回はバス・トイレはついてません。
今回部屋に入るのに帽子・マスク・エプロン・手袋着用強要なので、実はトイレはついていてほしかった‥。
けれど、テレビは見放題なんですよ〜 ^^
普通、1000円のテレビカードを買ってテレビを見るのですが、この部屋は関係なしなのです。
テレビを見ることの出来た理由が、ちょっと意表をつく内容でしたが、それでも、もう無理かと思い、祈るように願っていたことがかないました。
「しんどい〜」「いたい〜」「くるのおそい〜」と内容は負のことでも、しゃべる元気が出てきた〜と聞くたびに涙がでそうになります。
無宗教なので、誰に感謝していいやらわかりませんが、やはり父に感謝でしょう。
とーちゃん、ありがとう。
まだまだ頑張ってください。
七夕さまといえば、短冊にお願いですが、最近祈るように願っていたことがかなったばかりなのです。
一つはもう一度、父の「あほかー」が聞きたい。
もう一つは、父にもう一度テレビをみせてあげたい。
3月にICUに入って、抗生物質が効いて熱が下がっても、その抗生物質を使ってもいい期間が終るとすぐ熱が上がる。
血液検査をしても、数値は全くよくならない。
主治医には、「もう身体の方が、限界なのかもしれません」と言われ、本当に母と二人で何度目かわからない覚悟を決めたのですが‥。
先日から熱が下がり始め、なにより目を開けて話し出し、がうがう怒るようになりました(喜)
今まで、薬で熱を下げるため熱が下がったことはあったのですが、「いかにも薬が効いているだけ」という感じだったのが、やっと、やっと一安心できるところまでやってきましたよ!
テレビも何ヶ月ぶりかにみせてあげられるようになりました!
とは言っても、「テレビを見せてあげたい」と祈っていたときはICUを出て普通病棟に戻りたいという意味で祈っていたのですが、それがちょっと事情が違います。(ICUはテレビのアンテナがないのです‥)
熱が下がって、血液検査の数値が良い方向に変化したついでに、感染力の強くその上有効な薬がない菌が発見されてしまいました。
本人はその菌の影響は受けてないようで、非常に容態はいいのですが、病室隔離でございます。
病院の端にある特別室へ‥ ^^;
以前インフルエンザにかかったときも、バス・トイレ・テレビ付きのヘタなホテルよりいい部屋に隔離されたことがありますが、今回はバス・トイレはついてません。
今回部屋に入るのに帽子・マスク・エプロン・手袋着用強要なので、実はトイレはついていてほしかった‥。
けれど、テレビは見放題なんですよ〜 ^^
普通、1000円のテレビカードを買ってテレビを見るのですが、この部屋は関係なしなのです。
テレビを見ることの出来た理由が、ちょっと意表をつく内容でしたが、それでも、もう無理かと思い、祈るように願っていたことがかないました。
「しんどい〜」「いたい〜」「くるのおそい〜」と内容は負のことでも、しゃべる元気が出てきた〜と聞くたびに涙がでそうになります。
無宗教なので、誰に感謝していいやらわかりませんが、やはり父に感謝でしょう。
とーちゃん、ありがとう。
まだまだ頑張ってください。



